2010/11/132010年度研修旅行-まとめ
中学、高校とも研修旅行が終わりました。各日、中高別に更新しましたので、ここでまとめておきます。
<高校>
1日目: http://www.kaiseikan.ed.jp/blog/news/event/news004365.php
2日目: http://www.kaiseikan.ed.jp/blog/news/event/news004372.php
3日目: http://www.kaiseikan.ed.jp/blog/news/event/news004375.php
4日目: http://www.kaiseikan.ed.jp/blog/news/event/news004378.php
<中学>
1日目: http://www.kaiseikan.ed.jp/blog/news/event/news004370.php
2日目: http://www.kaiseikan.ed.jp/blog/news/event/news004374.php
3日目: http://www.kaiseikan.ed.jp/blog/news/event/news004377.php
4日目: http://www.kaiseikan.ed.jp/blog/news/event/news004380.php
高校2年生の韓国コースは紹介していませんでしたので、改めて紹介いたします。
<韓国:1日目>
韓国コースは富士山静岡空港からの出発です。

ドキドキしながら荷物検査を経て、仁川空港に到着。気温は9度。温かな静岡県民にとっては一気に真冬になりました。でも韓国ではまだ秋。

紅葉が非常に非常にきれいな南山公園にあるソウルタワーに行きました。

子トイレは、ガラス張りだから…とのガイドさんの紹介だったのですが、どうだったのでしょう。とても高い展望台の窓には、この方向は「TOKYOまで○○KM」とあり、外国に来たのだなあと実感しました。

また、ハングル文字の道路標識に、地名が全くわからず、さらに車線の多さ、右側通行、ものすごいスピードに驚き、異邦人の気分です。
<2日目>
青瓦台(大統領府)、昌徳宮見学(王族の住居、世界遺産)など、伝統建築の建物を見学。非常に広く、余計に風が強くて寒くて、ふるえながらの見学でした(気温は8度。体調が心配です)。伝統的には木造なのに、周囲には高いコンクリートのマンションが建ち並び、不思議な感じがしました。

その後、統一公園にて朝鮮戦争の時の記念碑を見、移動して戦争時の捕虜が南か北かの選択をした「自由の橋」を実際に渡ったり、銃弾の痕や爆風で鉄がめくれた機関車を見学しました。ハングルの説明で、全くわからないけど、戦争の恐さをしりました。

いよいよ板門店へ。道中ガイドさんの説明を聞きながら、少しずつ緊張感が増してきて、いつにない不安そうな顔をしている生徒たち。実際に通った道の看板の後ろに兵士がいたり、コンクリートの壁に爆弾が設置されていたり、両横の草原には地雷がいっぱいあること…。今も戦争中の国との証拠です。
板門店では、銃を腰にした兵士がバスに入ってきて、一気に緊張感がピークに!! 「宣誓書」への署名をし、建物の入り口にいるものものしい兵士を見ると緊張が一種の恐怖になりました。微動だにしない兵士の様子は一発触発な最前線なのだなと、さすがにいつも賑やかな生徒たちもわかったようです。国境線を越えた時には感動しました。
夕食は海鮮鍋。

夕食後、伝統と現代を行き来する韓国のノンバーバルパフォーマンス「NANTA」を鑑賞。ことばのない劇なので、万国共通で大爆笑!!リズミカルで、キャラクターも魅力的で、楽しくて、笑いすぎて酸欠になりました。できればもう一度みたい。
<3日目>
漢陽高校との交流会の日です。

朝から出し物の合唱の練習。まだまだ声が出ないと不安に思いながらも、漢陽高校へ。でも校門の「歓迎 浜松開誠館高校」の文字に一気にテンションがあがり、交流会へ。漢陽の代表生徒は、全て日本語で挨拶をしてくれ、出し物も見応えのあるものでした。本校の出し物は、空手の時には、「かっこいい」との声が、ダンスの時には、「かわいい」との声がかかり、合唱の時には、大きな手拍子があって、とても歓迎されていると感じました。

その後の、校内見学では、一緒にサッカーをしたり、話をすることで一気に距離が縮まりました。市内研修も案内してくれて、非常に楽しかったようです。


夕食時には、ホームステイ先の生徒が来てくれ交流しました。韓国がとても身近になった一日でした。もっと英語の勉強をして、コミュニケーションをとりたいと思いました。
<4日目>
このまま帰りたくない、と思うほど楽しい研修旅行になりました。大きな荷物も全然苦にならないほど…。
ちょうどこの日、G20が開幕され、ソウル市内は警察官が非常に多くいて警戒態勢でした。それもまたいい思い出。またいつか来たいと思える旅でした!




